意味ってあいまい



意味のある作業」という視点に正面から取り組んだ「Meaningful Living across the Lifespan: Occupation-Based Intervention Strategies for Occupational Therapists and Scientists」という書籍を読みつつあります



人間は、常に人生のなかに意味を探し求めるような存在です。

意味の探索は常に個人の健康と幸福の促進だけでなく、社会、文化、地域の発展に結びついてきました。

とても人間的な営為だといえるでしょう。

なので、意味のある作業は、人間の人間性を基底から支える視点になるわけです。

さて、本書で面白いなぁと思ったのは、著者が正直に、人びとに人生の意味を問うと、困惑した表情を浮かべたり、無表情になってしまったり、「意味ってどういう意味ですか?」と問いかけたりする、と告白しているところです(13頁参照)。

こーゆー事象は、日本の臨床現場でよく遭遇することですし、それは日本人特有の出来事だという論調もあるように認識していますが、本書を読むとそーでもなさそーだということがわかります。




著者たちの見解は、意味という概念の曖昧な構造にその理由があるというものです。

意味という概念は、神との関係で論じられたり、自身のスピリチュアリティを源泉にしていると論じられたり、あるいはその両方の立場を採用しながらとらえる人もいます。

また意味は何らかの源泉であり、それが人間にとってよい効果をもたらすという論者もいます。

他方、意味は、主観的経験なのか、客観的経験すなわち主観的経験を超えて独立自存可能な特性をもつ経験なのか、あるいはその両方であるかをめぐる論戦もあります。

つまり、私たちは人間は自らの生の意味を探索する存在だと認識しているものの、意味の意味について合意形成されておらずいまいちよくわからないというわけです。

そのため、人びとの意味を問うとある種の混乱が生じるというのです。

では、著者たちは意味をどう規定するのか。

それについては、またのお楽しみ(まだ読んでいないw)。