問題の性質に気づく



生きていると信念対立が絶えません。

信念対立にもいろいろあって、視点を変えるとスッキリする解消できるものもあれば、どーやってもじくじくした感覚が残るものもあります。

信念対立は、対処することで白黒はっきりつけられるものばかりではなく、特に医療や教育のように割り切れない特徴をもつ領域ではじくじく感を引きずることがあるのです。

信念対立はとても人間的な問題です。

だから、どーやっても割り切れないところが残ることがあるわけです。

そこで、ぼくたちがあつかう問題には、そーゆー性質をもつものがあると気づくことが大切になります。




問題は、解明あるいは解決されるとスカッとさっぱり終わるものだ、という認識でいると、じくじく感が残ったときに「うまくいっていない」「しくじったかもしれない」などと思ってしまいがちです。

そーすると、「じくじく感×失敗感」で余計にしんどくなります。

しんどくなっちゃうんです。

そこで、視点をくるりんぱっと変えて、問題の一部には、たとえうまく対応したとしてもじくじく感が残るものがある、という前提にたつのです。

それがあると、問題の性質からそーなっている可能性を考慮できるので、過度にしんどくならずにすみます。

問題は、ほんとうに対応に失敗しているためにじくじく感が残るケースがあるということです。

だから、この前提にディペンドしすぎるのもよくない。

大切なのは、問題の性質に気づくこと。

問題のなかには、対応するとすっきり解消できるものあれば、たとえうまく対応してもじくじくするものもある。

そういう性質に対する感度を上げると、ずいぶん楽になるんだけどなぁ。