何もかもうまくいかないと感じたらどうしたらよいか




そういうときは、思いきって認識の前提から疑うとよいです。

前提それ自体に間違いがあると、どんなに頑張ってもまともな結論にたどりつけません。

例えば、「人間は絶対にミスしない」という前提でリスク対策したら、危なっかしくてしょうがないシステムになります。

実際のところ、人間は必ずミスするのに、そうでないという前提で対策すると、実態にそぐわない仕組みになってしまい、かえってミスが誘発されるからです。

認識の前提そのものが間違っていると、どんなに頑張っても最適解にたどりつけなくなるのです。

したがって、「何やってもうまくいかない」と感じるときは、絶望したり、諦めたりする前に「もしかしたら前提そのものが間違っているのかもしれない」と考えるようにしましょう。

認識の前提を疑うときは、「こんなこと考えたらダメだ」とか「常識的にはこうであるべきだ」などと考えたらダメです。

そういうのはいっさいがっさい保留して、一般の思考のルールから抜け出る必要があります。




「何もかもうまくいかない」と感じるときは、思考が萎縮しているので「これは非常識だ」と思うぐらい視点を変えてちょうど良いです。

もっと自由に考えてみましょう。

でもこの問いは、ぼくたちに透徹した洞察力を要請するので、最初は認知的負荷ばかりが募って問いから先に進めないこともあります。

でも努力を徒労に終わらせるよりも、問いが立った分だけ良しとしましょうじゃありませんか。

ぼくの話がよくわからないという人は、デカルトの『省察』を読んでみましょう。

本書は独我論や二元論であるとして、激しい批判にも晒されています。

またデカルトの神の存在証明は否定されています。

でも、認識の前提から疑う思考の方法を鮮やかに示した点において、まだまだ読む価値を失っていません。