2016年9月26日

無矛盾に生きることの困難さ

壮大なブーメランをみて「オマエガイウナ」というのは、とても簡単です。

それよりも、ぼくは、人生を矛盾なく生きるのはとても難しいことであり、自分にも他人にも寛容でありたいなぁ、と思います。

ぼくが敬愛する哲学者のひとりに、エマソンがいます。

彼は作業療法の、そして作業の中核哲学であるプラグマティズムに多大な影響を与えました。

その彼が著書のなかで、こう論じます。
愚かな一貫性は心の狭い人にとりつくお化けで、小心な政治家や哲学者、神学者があがめるものだ
今考えていることを力をこめて語り、明日になれば、たとえ今日語ったすべてと矛盾していても、明日考えることをふたたび真剣に語るがよい 
と。



これはもちろん「支離滅裂であれ」といっているわけではありません。

ざっくり意訳すると、自身の生を生きていると、未来はどーしても未定になるので、過去からの一貫性にこだわりすぎると、心楽しく生きられないよ、という意味です。

つまり、周囲に誤解されてもよいから、今に集中して自らの生をめいっぱい生きろ、と教えてくれているのです。

未来は未定です。

だから、過去にしばられて、無矛盾に生きるのは至難の業です。

なので、ぼくたちは自身の言動が大なり小なり「ブーメラン」する可能性を前提に生きる必要があります。

ぼくも、あなたも、どこかでオマエガイウナと思われています。

ここから導ける答えのひとつは「寛容」です。

相手の矛盾を鬼の首を取ったかのごとく責めたてていると、めぐりめぐっていつか自分に大きな反動がくるでしょう。

そしてそれはできれば、避けたい。

ニュースにあふれる壮大なブーメランを見ていると、そう感じます。

社会科学のためのベイズ統計

本日、Bayesian Analysis for the Social Sciencesがとどきました。



ざぁーと目を通したところ、社会科学で使う手法に関する具体例が豊富です。

しかもBUGSではなく、JAGSのコードが書いてあるからなかなか重宝します。

ぼくのような統計のエンドユーザーは、JAGSやStanの具体的なコードがないとなかなかしんどいですからその点この本は◎です。

特に3部のAdovanced Applications in the Social Scienceからおすすめ。

階層モデルでANOVAをどーするか、One-wayとTwo-wayでJAGSコードがどう違ってくるかとか、具体的にわかりやすく書いてくれています。

ただ紹介されているJAGSコードは、; を使ったり使わなかったり新旧入り交じっているところがあるので、その辺は ; を使わないようにするなどちょっとした配慮が必要です。

JAGSコードを写経したい統計エンドユーザーにオススメの一冊です。

大学院の選び方

昨日は、大学院進学説明会でした。

参加者の皆さまには御礼もうしあげます。

日々の臨床を重ねながら、研究の必要性を感じて、大学院に進学するという熱い想いに触れると、こちらもエネルギーが頂けます。

ありがとうございました。

さて、先日の日本作業療法学会では、大学院をどう選べばよいかと相談を受けました。

「大学院は有名大学かどうかよりも、研究の指導力がある教員がいるかどうかで決めた方がよいよ」と助言しました。

それは、後進が育っているかどうかで判断できます。

まともなところは、将来的に指導教員を超える研究者を育てるために研究指導しているので、たいてい大学院生や修了生の一部に優れた人が育っているものです。

そういうところは、国内外の学術誌に研究論文が定期的に掲載されているのでだいたいわかります。

大学院は、十分な研究指導力をもつ教員がいるところを選ぶようにしましょうね。

2016年9月20日

人生のレール

今朝、レールにそった人生に疑問をもった若者が、大学を4ヶ月で中退し、起業したと報告しているブログがTLで話題になっていたので読みました。

http://www.ishidanohanashi.com/entry/2016/09/15/193000

本文を読むとすっごい真面目に生きようとしているなぁと感心しますが、同時に、コメント欄を読むと否定的な意見が多いことにビックリします。

「人生のレールにそって生きるかどうか」という問いかけは、何か一言書きたくなる要素があるんだなぁと思いました。

それにしても皆さん、熱い。

しかし、この議論は「人生のレール」があるという前提を引き受けないと成立せず、原理的に考えると、「人生のレール」があると確認することはできません。

「人生のレール」の有無は、実体として捉える限りは答えられない。

なので、その是非を問うてもしょーがないんですよね。

他方、ぼくたちは「『人生のレール』にそった生き方ってどういうときに感じちゃうのだろうか」、あるいは「どんなときにぼくたちは『人生のレール』からはみ出したと思っちゃうのだろうか」という問いに答えることはできます。

これは内的感覚で確かめあえる可能性があるからです。

「人生のレール」を論じるときは、背景にある問いの立て方から検討する必要があるでしょうね。

2016年9月19日

興味・関心にそって

ここんところ、哲学と臨床に関する議論を必死こいて構築しています。

哲学ネタは、プラグマティズム、実存主義、構造主義、アーツアンドクラフト運動、現象学、構造構成主義などなどです。

この領域はほんとうに多様な議論があって、これ専門に研究している人たちはマジすげーとリスペクトしちゃいますね。

臨床ネタは、作業療法、チームワークなどなど。

これはまぁぼくの専門といえばそーですけど、何だかんだで謎なことも多く、新しい仕組みつくりするためによくわからんことを必死こいて学びながら進めています。

昨夜は睡眠中にアイデアが降ってきて、夜中に起きて忘れないうちにメモでした。

データ解析系もめっちゃ楽しいです。

よくわからないことばかりですけど、やりたいことが少しずつできるようになる感覚は他に代えがたいですね。

そんなこんなで、この前、嫁に最近していること話したら「いったい何を目指しているの?笑」と問われたのですけど、その答えはやっぱ「楽しいと感じることに関わり続けたい」でした。

人生は短いですから、楽しくないことに関与している暇はないです。

じゃ何を楽しいと感じるのか。

それはぼくの場合、興味・関心にそっていろいろ探求することのなかにあるんじゃないかなぁ、と思いました。

なので、どーしても思考の振り子運動が日常っぽくなるわけで。